Hot-Barbecue.gifジャズ・フュ-ジョンのアルトサックス奏者、MALTAさんが日本でのレコ-ド・デビュ-前にアメリカで武者修行をしていた時の1978年にオルガン奏者のブラザ-・ジャック・マクダフのバンドのオ-ディションに見事合格し、採用されました。
週給は300ドル。そんなに悪くない額だったそうです。
因みに過去にはロ-ランド・カ-ク、スタンリ-・タレンタイン、ジョ-・ファレル、ジョ-・ヘンダ-ソン、ジェ-ムス・スポルディングなどのサックス奏者が彼のバンドから巣立っています。
このバンドが彼にとって初めてのレギュラ-の仕事、張り切ってプレイしたのだそうです。 oQYNLkcr7c5d0HRGul9LstrMGG3olkeTZaBQSQ4URMA==.jpgアメリカ中ツア-で回ったり、ヨ-ロッパのジャズ・フェスに招待されたり、華やかなジャズメンの生活も味わえたのですが、イイ思い出ばかりではありませんでした。
MALTAさんによればマクダフと言う人はいい人なんだけど、かなりいい加減な人で酒と女に目がなく、博打も大好きで、〈自堕落なジャズメン〉を絵に描いたような人でした。
朝3時に出発と言うツア-なのにマクダフは運転する前に酒はガブガブ、マ○ファナはスパスパ。3時に出発して何時間もNY市内をグルグル回り「何故だか外に出られないなあ(笑)」。
ポンコツの彼のキャデラックの後ろには楽器を積んだトレ-ラ-がついていましたが、コネクターが外れ、下り坂で後ろについてる筈のトレ-ラ-に追い越された事があったそうです(笑)。
運転中にガソリンがなくなり、マクダフに言われ駐車場の長距離トラックのガソリンタンクにホ-スを突っ込み、ガソリン泥棒をさせられた事もあった(笑)。
マクダフは1950年代にファンキ-・ジャズ・ブ-ムで大人気だったので、アメリカ中に「彼女」がいてモテモテだったそうだ。
ツア-先のライヴで客席をキョロキョロ。〈彼女〉を見つけると声を掛け、2人で車に乗って何処かに消えていた。
バンドメンバ-はその度にマクダフの帰りをずっと待ち続けた。
彼はスッキリした顔で帰って来るのだがバンドメンバ-は朝5時頃までジャズクラブで待ち続け、我慢の限界(笑)。
ある日、演奏が終わってホテルの部屋にいると、ドアがノックされた。マクダフかな?と思いきや女性が立っている。
MALTA「部屋をお間違えでは?」
女性「いえ、マクダフから言われてますから」
何とそれがマクダフからの「今週のギャラ」。
…その後どうしたのでしょうか?(笑)。
給料をせっかく貰ってもマクダフに「そのカネを俺にちょっと貸せば、倍にして返してやる」と言われ貸してそのまま帰って来なかった事もあったそうです。
マクダフの口癖は「女も抱けないような男は使えない。酒、ドラッグ、ギャンブル、オンナは音楽と切っても切れないモノだ」。
マクダフのオルガンは確かに素晴らしかったのですが、そんなバンド生活に嫌気がさし、一年足らずでバンドを退団したのだそうです。
(参考資料・「MALTAのサックス修行一直線」MALTA 著)